長岡天満宮の梅 龍谷大学社会学部1回生C000000 龍谷花子 菅原道真は政敵の藤原時平によって太宰府に左遷され、無念のうちに同地でなくなった。その後時平が若くして病死、その後も朝廷に数々の不幸が訪れた。そのためその霊を弔おうと北野天満宮が建立され、その他道真にゆかりの各地に天満宮が建立された。その一つとして長岡京にも長岡天満宮が建てられた。 道真は太宰府に移る前に、京の都への名残を惜しんだ歌を詠んだ。 東風吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ ここから天満宮には梅の木が植えられ、名物となっている。長岡天満宮には長らく梅林がなかったが、隣接する長岡公園に梅林が造営された。