重層的非決定

モーニング娘。
L. Althusser
No.16
2002/12/1-2002/12/31

★羊が一匹・・・

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■今年の総括−娘。編

最後の最後に「キタ」ので一言。ひみつのナチコちゃん、さすがNHK、すばらしい。

というわけで、よい一年でした。

(2002年12月31日)

■今年の総括−ドラマ編

今年一年、どんなドラマを見ただろうと思い出そうとするが、前のクールで見たドラマしか思い浮かばない。それでは総括にならないので、無理やり記憶を呼び起こそうと、「菅野ちゃんの出ていたやつ」ときめ打ちして脳みそを弄りまわすと渡辺篤郎・水野美紀と共演していたドラマ「恋をしたい恋をしたい恋をしたい」を思い出す。そうそう、あの菅野美穂のストーカーぶり、なかなかよかったな、渡辺篤郎も水野美紀もよいし、と思い、このサイトでも何らかの言及をしていたはず、と過去ログを探す。

ところが全く出てこない。はて?と思い、Googleすると果たして昨年の夏のドラマらしい。時の過ぎるのは早いものだ。私も知らぬ間に年を食っているのだ。

ちなみにモーニング娘。主演の新春ドラマ・年末ドラマ、双方ともビデオにとって未だ見ていません。

(2002年12月31日)

■透明人間

プロフィールページを作ってはどうか、というメールを頂いた。もし私の氏素性を知りたい、というのであれば、本サイトをいろいろ探せば相当なところまでわかるはずだが、そういう趣旨ではなくて、サイトの性格なり何なりを理解する上で、自己紹介があってもよいのではないか、という趣旨。それは全くそのとおりで、私もちょっと興味深いサイトはプロフィールのページを探すし、なければいまいちそのサイトというものをつかみ損ねる感覚が残る。

ただ例によって私の臆病な傲慢さ、文章なり思想なりは晒したいのだが、己自身は消し去りたい、という思いが強く、どうにもプロフィールページは気恥ずかしくて作れない。いや、「日記」ページなどを作る前はプロフィールページはあったのだが、一応「本職」向けに多少なりとも宣伝せねばなるまいと思って、大まじめなプロフィールを書いていたのだが、「日記」で己の「本性」を晒すにいたり、逆に己の対外的な表象は消し去りたくなったのだ。

私はなにものかではありたい。ただし他者からはその存在が認知されないなにものか。存在の痕跡のみが「効果」として残る存在。存在自体は抹消された非-存在。あるいは肉体を抹消した浮遊せる観念。

ただそうもいっていられないので、私は私で他人のサイトに対してはプロフィールぐらい書いておけよ、思っていたりするので、近いうちに作る、かもしれません。

(2002年12月30日)

■今年の総括−外交編(藁)

一年を振り返るだけの記憶力がないので、比較的新しい話というか、総括でもなんでもなくて書いておくべきことなのだが、北朝鮮問題がきっかけでしゃしゃり出てきた平沢だとかそのあたりの連中が「人権」だなんだと戯言を言っているが、こいつらの「人権」とは「日本人権」にすぎない。もちろん日本の政治家が他国における日本人の人権を考えて悪くはないのだが、しかしそれと同様に日本国内の人権一般だって考えなければならないはずだ。アフガニスタンからの難民、その他様々な国からの難民をことごとく「収容所」にぶちこんで、人間扱いしていない国家が北朝鮮にそんなにえらそうに難癖つける権利があるのか?北朝鮮に言うことを聞かせるのは、他国のことゆえ難しいが、日本の国のあり方の、まさに行政に関わる部分を日本の政治家がどうにかするのはそれと比較すればとてもやさしいことのはずなのだ。そうしたことを放置しつづけているあの政治屋どもが口走る「人権」なんて言葉は「ヤマトミンゾク万歳」とでも読み替えておけ。

「北朝鮮にはねえ、人権ヤマトミンゾク万歳なんてものがないんですよ」。そりゃそうだ。

(2002年12月30日)

■今年の総括?−サイト運営編

アクセスログを取っているので、訪問者のブラウザの動向なんてものがわかる。このサイト上でもブラウザ紹介をしてきたことでもあるし、一応現状報告。何の参考になるかはわからないけれど。

昨年の12月。IEユーザ86.32%。Netscapeユーザ8.45%(内Netscape4.xユーザ4.02%)。それが今年11月アクセス分はIEユーザ82.19%でNetcsapeユーザ14.74%(内Netscape4.xユーザ2.38%)。ということでIEユーザ微減。またNetscapeユーザの中でCSS対応がまともな6.0以降(Mozilla)への移行がそこそこ進んでいる、という感じです。Operaは「その他」扱いなのでよくわかりません。ただ増えている感じではなさそうです。

ちなみにOSでは昨年12月においては旧MacOSが5%弱、それが今年11月分では、旧MacOSは同じく5%弱のまま、MacOSXユーザが新たに5%近いアクセス数、Macユーザ全体では10%越えています。UNIX(LINUXなど含む)はいずれにせよ、微少数に過ぎません。

この数字って平均的なネット接続環境と比較すれば何か偏りがあるのでしょうかね。

(2002年12月30日)

■獣道

多少なりとも時間のあるときに*ものを考え*、サイトの更新でもしようと思い立った。その気分を盛り上げるべく、まずは形式からとばかりにソース修正にいそしむ。気がつけば一日が過ぎている(壬生義士伝の再放送なんぞを見ていたのだが)。結局何も出来ず、何かしらせかされつづけているような、「何かをせよ」と呼びかけられつづけているような感覚に襲われる。久しくそういう呼びかけを聴かなかった。単に与えられた作業を一つ一つ順にこなしていく生活、それがここしばらくだった。主体化からの逃走は単に動物化への道のりだった。

(2002年12月28日)

■黴育つ前に

年末ということでサイトの大掃除をしている。今まで放っておいたページのソースを修正。出来ればすべてHTML4.01(Strict)に統一してしまうつもりだったが、一瞬見て手直しする気が無くなったページもある。たとえていうならば、ずっと開けていなかった引出しを久々に開けてみたら整理不能でそのまま*見なかった*ことにして置くようなものだろうか。また気分的に余裕のあるとき、などといってまた一年が過ぎる、かも知れない。そういえば引出しの中に饅頭を後生大事に一年保存して黴だらけになっていて捨てたことがあった。

(2002年12月28日)

■屁理屈?いえ、論理です

まだ試験もやっていないが、時期的にそろそろ「採点」というのが頭をちらつく時期になる。今年度は受講者の数も多いので、一仕事になるはずだ。

いつも頭を悩ませるのが採点基準。自分が学生だったころの感覚でいくと、試験ないしレポート一本勝負で点数がどうなろうとがたがた言うな、だったのだが、「必須」の授業で満ちている現在のシステムでは「がたがた」言う学生が出てくるのも止むを得ないし、*確実に*単位を取れる手段を提示しなくてはならないようだ。*確実*とは要は出席日数ということになるだろう。

そういうことで私も不本意ながら授業の出席を取っているのだが、いざ取ると、これは当たり前と言えば当たり前だが、学生さん、とても出欠にナーバスになる。いちいち公欠だとかなんだとか届を出してくださる。「公欠」ってなんやねん、と私は思ったりするのだが、制度としてあるらしいので、どうにかしなければならないらしい。「どうにか」といっても、こっちは「あ、そう」といって届をうけとって、「それで?」というだけなのだが、どうやらその届が出ていると出席扱いにしなければならないのだという。何でサークル活動*ごとき*に授業のほうが遠慮しなければならないのか、サークルなんて授業を「サボって」あんじょうやればよいのであって、なぜ制度で守られなければならないのか、トンとわからないのだが、それはまあよい。それ以前の問題がある。

私は*ある程度*授業に出席していれば単位が何とか認定できるであろうボーナス点なり、サービスなりをしている。逆に出席が足りない学生は試験・レポート一本勝負ということになる。出席一日を何点という換算などはせずに、あくまで「出席よくしたグループ」と「あまり出席しなかったグループ」に分けるだけなので、ある一日の欠席が「公欠」であるか否かは実はあまり重要ではないはずなのだ。「公欠」一日の価値の測定の問題である。ちょっと考えてみましょうか。

ある授業をある学生が「公欠」で休んだとしよう。ところでその学生に仮に「公欠」の用事がなかったとする。その学生がその授業にそれでも出席したのか、それともやはり休んだのかは確定できない。となれば、その学生の「公欠」の価値はその学生の授業出席期待値(出席日数/授業日数)で測るよりない。例えばほとんど授業に出てきていない学生の「公欠」の価値は限りなく0に近いはずだ。逆に「公欠」が出席一日に該当する学生はほとんどの授業を出席している学生ということになる。

「公欠」が出席一日に該当する学生は、そもそも最初からボーナス点の対象に入っているのだから、数少ない欠席が「公欠」かどうかは関係がない。また出席が足りない学生は「公欠」の価値も0に近いのだから、数多い欠席のうちの一部が「公欠」であってもこれまたあんまり関係がない。問題となるのは「境界線」上の学生さんだが、私の「境界」は15回中10回出席、となれば9回出席、1回「公欠」の学生さんの「公欠」を含めた出席日数は9+9/14(=9.64<10)。2回「公欠」の学生さんの出席日数は9+9/13+(9/13+9)/14(=10.38>10)、ということで9回出席、2回「公欠」の学生さんだけ意味があるということになります(8日出席3回「公欠」はすごく微妙、だけど半期15回中「公欠」3回は多すぎやしませんか?)。

長々と書いてきましたが、要は結構「公欠」届とやらを預かっていますが、届を出してくださる学生さんの期待とは違って多分単位認定には影響はほとんどありませんよ、ということです。

(2002年12月28日)

■我何を欲するか

あれよあれよという間に年末。今年の「行事」は一通り終わった。昨日でお仕事おしまい。今日が読書会。仕事始めまで10日ある。その間、自宅で多少仕事もしなければなるまいが、時間はそれなりに取れるので、久々に「本職」にでも戻ろうか、と考えたりする。というので、今日は久々に本を買った。ムフ主催のシンポジウムをまとめた「脱構築とプラグマティズム」。ローティとデリダを手軽に復習でもしようかな、と。同じ本屋でPHP関連の書物も手にしたが、思い直して書棚に戻す。

非常勤のシラバスも書かなければならないが、調査系は今年度どおりでよかろう、購読だけきちんと考えればよい。そんなこんなで「本職」モードを築きつつある。「本職」といってもそれで食える当てはないのだけれど、というか、このサイトでまともな文章をUP出来る当てすらないのだけれど、それでも*何か*を欲望しなければならない。

(2002年12月27日)

■給料泥棒

何が「合理的」で何が「無駄」かというのは、もちろん一筋縄では行かない。例えば私はこのサイトの他に3つのサイトを作成し、一応管理もしている。そしてそっち方面では給料ももらっていたりする。そういう企業系サイトというのはもちろん「資本」の論理にかなっているはずなのだが、しかしこっそりアクセス解析を仕込んでみると誰もアクセスなんてしていない。一日のアクセス数「1」!それも多分ロボット。「無駄」なだけの本サイトのほうがよほどアクセスしてくださる方がいるのだ。

などと低レベルで争っていても仕方がなくて、そのサイトのアクセスアップも何か考えなければいけないのだろうな。

(2002年12月25日)

■私は孤立する

「無駄」な領域でこそつながっていられる関係、あるいはつながっていたい関係というのがあるもので、しかし各々金を稼ぎ始めるとそうも言っていられなくなるわけで、そうして関係が一つ一つ切れていくこともあるわけだ。とりわけ「無駄でない」領域で決定的に能力が欠落している部分を持っている私にとって、「合理的」「制度的」な部分だけで勝負させられるのはとてもつらい。例えば(あくまで「例え」だ)、デートするときに「楽しい」スポットを組み合わせてデートコースを作る、なんてことは私には全く出来なくて、アルチュセールだかジジェクだかの本でも持っていって、その内容について語り合う、とかいうほうがずっと性にあっている。またそういうのでないと私はとても無能でつまらない奴に過ぎない。そういう関係性というものが、外部的にも(要は相手の不在)、内部的にも(私自身の変化)、破壊されつつあるのが現状なのだ。

(2002年12月25日)

■合理的な生活

来年の非常勤はとりあえず確保していただいた。よかった。

ただもう「ゼミ」はない。今年、人が集まらず不開講だったのだから仕方がない。大学は私が思っていた以上に「合理的」であった。人が集まるところに金を出す。当然の理屈が、しかし、「正統的=ぬるま湯」な環境にいた私には理解できていなかった。大学として一通りそろえるべき一連のカリキュラムがあり、少数であっても、希望者がいれば、その期待にこたえる。大学とはそういうものである、と思っていたし、またそうでなければ早晩例えば「哲学」などは成立しなくなるだろう。しかしまた、大学経営がシビアになってきている昨今、そういう殿様商売が成り立たなくなるもの確かなのである。

結局来年度は「情報処理系」の授業がほとんどになった。内緒話だが、私が学生時代に一番軽んじていたのがこの分野である。私は「理論系」「言説系」の研究ばかりやっていた。大方の調査系の論文や報告なんて、統計話をすっ飛ばして頭と終わりだけ読めば、単に常識の反復しかしていないのが9割だし、要するに何もいうことがないのを数字でごまかして格好をつけているだけだ、と半ば馬鹿にしていた。

いま、非常勤以外でも「情報処理系」(と言うといささか大げさだが)の仕事が主になってきているので、キャリア形成ということを考えるとこの方がよいのかもしれない。いまさら言説系のゼミなんて持ったところで、何ら将来にもつながらないし、実際、今私はそういう研究なんて一切やってもいないのだから。それでもそういう「無駄」の部分への色気をいまだに捨てきれていない。その色気の名残がこのサイトなのである。

(2002年12月25日)

■あっちっち

安倍ファンというのは、おそらく原理からして原理主義者であって、それはネットでの発言傾向を見ていても経験的に理解できてしまう。私などは堕落した近代主義者に過ぎない。

安倍なつみの妹、安倍麻美のデビューが近い。所属プロダクションは姉とは関係のない事務所。なのに早くから「なっちの妹」として話題になり、先日行われた握手会では、デビュー前のアイドルとしては異例の2000人を集めたという。この安倍妹(あっち)の「是非」をめぐってネットが騒々しい。

一方で握手会参加者の大半は「ハロプロ系」(というよりなっちヲタ)だったという。某サイトの言葉を借りれば「遠くのなっちより近くのあっち」らしい。実際ファンサイトのアクセス数は何処も凄まじいようで、しかもその運営者はほぼすべてが「モーヲタ」である。他方で「親の七光り」ならぬ「姉の七光り」はけしからん、というなっちヲタも数多い。姉はいまだにソロデビューしていないのに、その姉を踏み台にして妹がソロデビューするのは我慢ならない、という。姉も心の奥では面白からず思っているのではないか、とまで言う。なっちのソロデビューの障害になりうるものは妹でも心良しとしない。原理主義者の鏡である。

私は、というと、「んー、いいかも」。やっぱり面影あるしねえ。最初に事務所サイドから出てきた写真は姉よりも「ワル」っぽい雰囲気があったが、イベントの写真を見ると姉以上に生真面目な感じで、姉以上に「清純派」アイドルかもしれない。ただ売れるか、となると、これまた、んー、という感じ。姉も「アク」が弱くて、それ以外のメンバーとの対比で目立つという感じだったが、それ以上に「アク」がない。だからソロでは多分あまり売れない。

(2002年12月23日)

■ブラウザいろいろ

Opera、快調。Celeron500MHzの非力なノートPCでもさくさく動く。ノートでもMozillaを使っていたのは何かの気の迷いだったのだ、と思い直す。

世に数多ある「IE対応」等と称するサイトで、Netscape(Mozilla)での表示に不具合があるサイトでも、Operaならきちんと表示されることも結構ある。Operaの「IE対応度」は結構高いのである。

もちろんそれとブラウザとしての「正しさ」とはまた別の話で、実際にサイト作りをしているとIEやOperaよりもMozillaのCSS解釈の方が正しいのではないか、と思うときも多いのだが、見る立場からするといくら「正し」くても、まともに表示されないサイトがあるのはつらい。個人サイト以上に企業サイト、例えばドラマ紹介サイトなどでこうした不具合が見られる。ドラマのあらすじを読もうにもMozillaでは画面がうまくスクロールしない、などしばしばある。それがOperaだとかなりの率で問題なく読めたりする。

それでもMozillaには安定性とか、柔軟な履歴機能だとか、得がたいものがあるので、手放せないが、ノートでの動作の重さの違いはいかんともしがたい。ちなみにIEは軽さではOperaに負け、機能ではMozilla(Opera)に負けでいいところがないと思うのだが、それでもそれでしか見られないサイトがあるというのはこれまたいかんともしがたい。

もっともブラウザの評価はHTMLをめぐる*どの*技術に興味を持っているか、で全く変わってくるものであるのもたしかである。ブラウザ自体の機能・性能に興味を持つ人ならOperaが多機能なのに軽いのを評価するだろう。CSS派ならMozillaだろうと思うが、Netscape4.x時代のCSS対応がむごかったので、実はあまり信頼されていない。XMLな人はIE6.0のXML対応を高く評価する。そう、IEにも積極的に評価すべきものはあるのだ。ついでにCGI(あるいはPHP)な人はブラウザの種類にはあまり興味を示さない。本当に人それぞれなのである。

(2002年12月23日)

■不敬以前

なんとなくもう一日が終わろうとしているが、すっかり忘れていた。今日は天皇誕生日だったんだ。新聞とかに「天皇陛下が埒被害者を気遣う発言をした」とかいう記事を読んで、何をいまさら、と思っていたが、誕生日だったんでしたね。天皇主義者の私が忘れてしまっていたとは。日にちも忘れやすいときだし、右翼も元気がないし、全然盛り上がらなかったなあ。そういえば非常勤先も今日は授業日らしい。月曜日が出講日だと手当てがつくらしい。ああ、月曜日の授業持ちたかった。

(2002年12月23日)

■新田恵利再び

ずっとMizillaをバージョンアップして使ってきていて、しばらくOperaのことは忘れていたが、久々にバージョンアップしてみた。Ver.7Beta。なかなかクールな外見。軽さも変化なし。まだよくはわからないが、安定感も増しているような気もする。と、いいこと尽くめのようなのだが、起動するたびにスタートアップダイアログとやらを表示するのがうざい。消したければ金を払え、とのこと。前のバージョンは広告バナーの表示だけで、それはかまわなかったのだが、今度の制限はかなりうっとうしい。なんというか、広告と違ってあまり合理性を感じないだけに、ちょっと残念な気がする。

基本的にはMozillaを気に入っているだけに、Operaを常用するか、となると微妙だが、使わずに入られないクールさ。みなも使うがいいぞよ。何様だ>私。

(2002年12月22日)

■安倍

関西ローカルでたかじん司会の番組を見る。「政治・芸能今年のニュースメッタ斬り!!」という番組。さすが読売だけある。安倍晋三の宣伝みたいな番組だった。まあ「政治家」として出ている面子からして読売色がありありなのだが、そんなのにタレントを巻き込むな。

例えば北朝鮮問題。「国交回復したらいいと思う」モモコのような「素朴な」タレントを「専門家」が教え諭すというような構成。平沢などというファナティックな人間を持ってきたって逆効果の気もするが。

挙句に「永田町小学校」という永田町の状況を小学校の生徒活動仕立てに紹介するミニドラマみたいなのがあったが、そこでクラスメイトの期待を一身に背負いつつあるニューリーダが安倍なのだそうだ(笑)(藁)(爆)(火暴)(自慰)。ま、適当に並べておけ。

安倍は安倍でもなっちはもちろんあっちもいいよね。

(2002年12月22日)

■批評にもならないドラマ感想文

ドラマがどんどん最終回を迎える。概して連続ドラマの最終回は「見ないほうがよかった」となるものだが、今回は特にその傾向が強い。

「アルジャーノン」。なに?いしだあゆみの元に帰るの?そりゃないでしょ。彼は「天才」に生まれ変わるという不可逆の経験をしたわけで、いくらその後知能が元に戻ったからといって決して元に戻らない何物かが存在しているはずなのだ。それはプラスであるとかマイナスであるとかいう価値判断を超えたものとして存在するはずのものであり、その功罪を同時に考えさせるものであればこそ、知的障害、その将来あるかもしれない手術、そういうテーマに付いて考える契機足り得るのだ。単に元に戻るだけなのなら、そこには考えるべき何物もなかった、というだけのことだ。可もなく、不可もなく、彼はもとの世界に戻り、ただかつて待ちわびた母親の迎えを、彼の中の一貫したしたストーリーの延長で、得る。

「サイコドクター」。洗浄脅迫が実の父親との再会を契機に直っていく。父親も実の息子の許しを得て失明が直る。ふーん。

「真夜中の雨」。父に見捨てられた息子は父の元に帰り、犯罪者の恋人は子どもを産み、父親の帰りを待つ。ああ、家族ってすばらしい。

どうも今回のドラマはそんなのばっかりだ。唯一「ナイトホスピタル」だけがよかったかな。

(2002年12月19日)

■ニュース

完全にまた放置モードになっていた。月曜は某職場の忘年会。忘年会って翌日もそっちがらみの仕事があるのに何が忘年会だ、という気もするがそういうものなのだろう。10年ぐらい時計が遡った感じ。いまどき注ぎつ注がれつなんてやるか?と思うが、そういうものなのだろう。

明日は今年最後の非常勤。一応準備があるので更新に時間がかけられない。というので一応備忘録代わりに。岡田有希子本が再販されるらしい。だから?

何かのCMタレント人気調査で女性部門飯田圭織が10位にランクイン。ちなみに一位は浜崎あゆみではなくて、藤原のりかでもなくて、樹木希林というあの調査。だから?

(2002年12月18日)

■訃報

日本大学の教育史専門家の佐藤秀夫さん死去。

いつのことか、もう思い出せないが、一度授業を聞いたことがある。その年代特有の磊落さがあった。そのときの授業での言葉。

人間的に良くて勉強もできるのが一番良い研究者。次が人間的には良いが勉強ができない研究者。その次が人間的に問題があって勉強ができない研究者。一番ダメのが人間的に問題があって、勉強ができる研究者。

文字にするとクソ真面目な倫理主義にも読めるが、どことなくしゃれ気のあるものいいだった。つまらない倫理主義か、こじゃれたものいいかは、「人間的」の内容次第だが、某大学文学部社会学のT教授なんかの顔を浮かべるととても説得力が出てくるではないか。

(2002年12月15日)

■技術は脳内には無い

このページの趣旨がまたもや代わりつつある今日、皆様いかがお過ごしですか。

なんだか「初めてのプログラミング」とでも趣旨を変えようかというぐらい、暇さえあればそっち方面のことを考えている。といって前回からは丸一日しか暇は無かったのだけれど、それでも相当お勉強した気にはなる。

いまのところデータベースまで導入してWebサーバ(Apache)、データベース(PostgreSQL)、PHPの三本柱がようやく揃ったところ。一旦導入してしまえば、PHPはHTMLを書いているノリで書けるし、データベースが使えると何かと便利。簡単な「ゲストブック」ぐらいなら何とか作れることが分かった。

私はプログラミングというのはなにやらとても難しいものだ、「普通の」人間にはできないものだ、となんとなく思っていたのだが、そういう近寄りがたさを醸しているのは、要は「アクセス不可能性」にあったのだ。HTMLはいまやだれでも作成するなり表示確認ができる。しかしPerlはプロバイダがCGIを許可していない限りなかなか使用機会自体が無い。ましてPHPなんて自分でWebサーバ立ち上げてPHPを組み込まなければなかなか試せない。データベースも同様。困難なのは知識の量でも質でもなくてこの「アクセス不可能性」に由来する。

実際一旦環境が整えば(自分で整えずとも強制的に環境が与えられることもあるのだ、とくに仕事がらみならば)、HTML並に気楽に試すことができる。コマンドが分からなくても、ネットですぐに調べれば良い。ここでも情報の所有ではなくて、アクセス可能性が重要になる。今の私の状態は知識はさして増えてはいないが、アクセスの手段を持った、それだけのことだ。それだけのことで、とてつもなく縁遠かった「プログラミング」が、とても身近なものになった。

そういえばいまはsedの書式なんてもう覚えていない。Linux(UNIX)のシェルはWindowsのそれよりずっと賢くて、普段使っているコマンドは上カーソルキーでどんどん呼び出せてしまうのだ。普段使っているコマンドの書式すらもう頭のなかには無い。漢字も全然書けなくなっているし、ってこれは小学校のときからだが。

(2002年12月14日)

■初めてのPHP

Perlで作りたかったのが、あるページの一部分だけを別のファイルから読み込む、という仕組み。フレーム切るのが嫌いなので、CSSで「疑似フレーム」にしているのだが、更新のときにえらく面倒なことが分かったのだ。フレームならば更新したいフレームのファイルだけ更新すればそれでよいが、「疑似フレーム」だとそうは行かない。すると同じ更新をしたいファイルが複数あれば、全ファイルを一度に修正しなければならなくなる。それを何とか効率良くやりたい、というのだったが、なかなかPerlではうまく行かなかった。お勉強以前の目的が先にあるとなかなか順序立てて学習しようという気にはならなかった。

ところがPHPにしたら、一瞬でできた。というか、今まで何をやっていたんだろう、という感じ。あまり簡単すぎて拍子抜けして、それならもう少し先まで勉強してみようか、という気になる。いやはや、勉強の種は尽きない。といってそんなことをしていられるほど私は暇なのか?

(2002年12月11日)

■初めてのPerl

ちょっと時間がある。それで何をやるかと言えば、ジジェクでも読もうかと準備していたのに、結局Perlの勉強なんぞをしていた。プログラミングなんてまともにやったこと無いから、本当にお勉強。JUSTNETもSo-netもcgiなんておかせてくれないから、仮に何かできたとしても公開もできない。自宅のサーバーでcgiごっこ。Web更新支援システムなんて作れたら便利かな、とか考えたりしている。

といって今日「作った」のは定番の「初めてのcgiです」表示システム。ふむ、道は長い。

(2002年12月10日)

■大学の「情報処理」教育

「実学」が重視されている、情報処理系の授業が大学でも重要な位置づけを占めるようになっている、というのは確かで、私が学部のころなんてPCなんてブルジョワの玩具だったし、そんなのより資本論を一ページでも読み進む方がよほど意義があると信じて疑わなかったが、もうそんな時代でもない。実際英語を読んでいて、辞書に出て来ない単語やら固有名詞が出て来てもGoogleすればだいたいの意味はわかったりする。それはやはり「革命」的なことであって大学図書館やらに行かずともちょっとした情報なら簡単にアクセスできるようになった、ということだ。そういう技術あるいはそれを支える理念というのは、確かに資本論の一ページよりは実際問題として意義深いかも知れない、と思うまでにはなった。

しかしその「実学」重視というのもその実、結構そういう大学のやっていることは手抜きで、結構知られた大学でも情報処理系の授業は人材派遣会社に丸無げしていたりする。もちろんそうやって来る講師なんて「パソコンは結構趣味で、ちょっとお金になればいいな」というノリの、学生に伝えるべき理念も技術も持ち合わせていない、ちょっと詳しい学生に知識で完敗という程度のものであったりするものだ。「実学」に向かうなら向かうでそれなりの理念やら技術やらをきちんと学生に教えれば文句は言えないが、現状はただの手抜き、教授先生はパソコンなんて知らないし、でも学生の人気取りには必要だから誰でもいいから適当にやらせておけ、というのはあまりと言えばあまりだ。多少ごう慢な言い方を承知で(いつもながらのことで)言えば、そういう講師を複数知っているが、本当にお粗末、近所の年寄りを喜ばすのがせきの山という「講師」ばかりだ。こういうのがまかり通ると「実学重視」などでもなくただの「空洞化」というしかない。

(2002年12月8日)

■再出発のためのトレーニング

結局のところ、人一般は知らないが、私は自分の生活している世界から派生するごくわずかな部分しか想像し得ないわけで、その周辺でしか問題意識というものをもちえない。

今日読書会で社会学の「実学」化、ジャーナリスティックな方向に向かっているな、というような話が話題になった。理論研究の場がどんどん無くなって行く、と。それは全くその通りで、学会行っても学会誌見ても、理論研究の居場所はほとんど無い。実際私に回って来る非常勤もどんどん「情報処理」色が強くなる。学生が期待しているのもそういう授業であろうし、またわたしが非常勤以上の収入を得ているのもそういう分野だ。理論などというもので飯は食えないし、そんなものいまさらやろうという人はよほど奇特な人間だ。そしていまや私も純然たる理論にはもう頭がついていかず、私の周囲の、具体的な世界からしか何かを見ようというようにしか頭が働かない。

今私の周囲に具体的なものとして存在している事象。「非正規雇用」の問題。私自身のなかにあるのだから、それはリアルだ。それを多数抱える社会の陥るかも知れない矛盾、その先にあるもの、それを敢えて楽観的に考えたりしている。「教育」の問題。「平等」とは何か、そもそも教育とは社会的に如何なる価値付をされるべきなのか。大学教育のあり方、社会人教育のあり方。「モーニング娘。」の問題。やはり「モーママ」より「あべかわもち」のほうがよいのではないか。

(2002年12月8日)

■ご挨拶

多少思考は社会学に戻りつつはあるのだが、何だかんだ長い間まともに読書というものをしていないので、ネタが枯渇している。唯一読んでいるのがネグリの「帝国」なのだが、基本的に概説書なのでそれほどこちらのインスピレーションにはならない。やはりリハビリにはジジェクあたりかなあ、とも思うが、もう結構読んだ感じがしているので、また新たな発見があるだろうか。さすがにあれほど多作だと多少なりともワンパターンになってしまっているのではないか、という気がしないでもない。

もっともさる職場への「のめり込み」が醒めたといっても、別に辞めたわけではないので、そっちはそっちなりにやらなければならない仕事はある。二足のわらじというのも思ったより簡単ではなかった。マルチタスク人間でもないし。

出身学部の最近の噂をちょっと聞いたり、また何故かこのサイトに出身学部からのアクセスがあったりと一旦縁遠くなった世界がなぜか近付いているように感じたりもする。まだあの場所に私の名前を検索する人がいたのか、というのは不思議なような、多少困惑するような、妙な気分である。知合い、いま誰が残っていたのかさえ定かではない。

というのでどなたか分かりませんが、一応ご挨拶しておこう。御無沙汰しています。掲示板にでも足跡残してくださると嬉しいのですが。嬉しくなければ見なかったことにしたりもしますが。

(2002年12月8日)

■人格者

さる職場への気持が一気に醒めて、非常勤にも力が入る。非常勤は決して手を抜いていたわけでもないし、講義内容は科目によっては良くなった部分もあったはずだが、授業前後に講義内容から派生することを漠然と考えているのと、それとは無関係なお仕事のことを考えているのと、それはやはり大きな違いだ。ここ数ヵ月は、休み時間ぎりぎりまではそのお仕事のことが多少なりとも頭にあったりする。私にとって「その世界に生きる」とはとどのつまりそういうことなのであって24時間、全てがそれ中心に周り出すのだ。そこまでかけるほどの金などもちろんもらっていないし、でも「社会学」ではほとんど金にならなくてもそういうことをやって来たのだから、さして不満にも思わずそうして来た。それはとても都合の良い労働力というべきだし、そういう自覚はもちろんあったが、それでもなおそうするだけのモチベーションがあった。そういうのは多分にある種の信頼感とか自尊心にかかわる話で、それが少しでも崩れ出すとそうした過剰に勤勉な精神が瓦解するのはやむを得ない。

非常勤の準備やら、読書会やらの兼ね合いで入れたくなかった時間を、大事な(と私は思っていた)仕事の詰めで無理に職場に出ることになる。なのに5時間放っておかれる。用事があるから帰ると告げ、そのまま帰宅。翌日私の代わりの人からその仕事に関する資料の送付を依頼される。用事でメールなど読まなかったことにする。尤も私は自分が作成した資料はほとんど共有できるようにしているから(そういうことをしない人が多いが)、さして実害は無いはず。それが少し残念。

非常勤。とても調子が良い。モーニング娘。とアルチュセールとのかかわりのほんのはじまりだけだけど購読の授業で喋る。微妙な反応がある。「反応」といって、積極的な反応というよりは、なんというか、微妙な反応。

PCを使った情報処理系の授業。授業中、ずっと関係ない授業のレポートを作成している輩がいる。でも注意したり、追い出すのもめんどくさいので放っておく。授業終了。5コマ目でバスの時間もあるので、学生が教室から去れば早々に鍵を締めて、私も帰りたい。まだ何やら作業をしている学生がいる。授業に関係することなら、無碍にはできないと近付くと内職学生だった。もう閉めるから早く出て行け、とつげる。後もう少しなので、と粘る。阿呆か、授業に関係ない作業のためになんで私が待たなあかんねん、と言うと、それでは本当に後少し、とまだ粘る。いい加減にせい、とマウスを取り上げてアプリケーション(Word)の終了ボタンを押すとさすがに慌てて、ファイルの保存だけさせてください、と来た。それを言い終る前に、「保存しますか」ダイアログに対して「いいえ」を選択して終了させてしまう。その学生、阿呆なことに新規作成のまま、一回も上書き保存をしていなかった。よって内職学生の90分の作業はすべて没とあいなる。

何かとてもいいことをやり遂げた気分だ。

(2002年12月5日)

■期待

「社会学」に戻るとお金以外の全て物を手に入れ、あるいは取り戻すことができるような気がする。問題なのは、しかし「お金」ではなく、期待は確実に裏切られるであろうということだ。それを先回りして予測しつつなお、期待を残す。具体的には何もない、ただ期待するための期待を持って前に進もう。

(2002年12月4日)

■備忘録

イリイチ、死去。「脱学校化社会」が有名。フェミニズム系では「シャドウワーク」で議論をまきおこす。女性がおもに行う家事労働は前近代は生産労働と等価だった。それが資本制の進展によって「シャドウワーク」とされてしまったのだ、というような議論。何が問題かというと、前近代の性差を理想化しかねない、性差の本質を近代かに求めるような議論に読み得るからだ。

でもまるごとは受け入れられずともロジックの立て方はそれなりに面白く、応用が効いたのでそれなりに受けた議論でもあった。別に読み直すほどの気もないけれど。

(2002年12月4日)

■心のすき間

何かにのめり込む瞬間というのがある。一日に何時間そのことを考えたか、ではなく、考えなかったのはいつか、という感じになる。世の中全てがそのことを中心に周りだし、そのことを貫くロジックで世界が構成されていく。そのとき明らかにそのものに「依存」した状態になる。

「社会学」がそうであったことがある。というよりそれが私のデフォルトだったはずだ。そしてそれが最近は別の仕事に変わっていた。たかがバイトに、己の全ての時間をかける。そのことの「虚しさ」に、ちょっとしたことで否応なしに気づかされる。「洗脳」からとき放たれ、私は依存状態を脱する。少し心が真空状態になり、そうしてまた少し「社会学」に戻ろうか、などと考えたりする。多分それが私にとって「正常」なのだ。

(2002年12月4日)

■寛大な心

年末。一年の締めくくりということでこのサイトもそれなりに整理しなければならないこともある。LINK集なんて全然放ってあって、もうリンク先が切れているサイトもある。新しくリンクを張ろうかと思うサイトもある。でもなんとなくめんどくさくて、何の作業もしない。やれば10分足らずで終る作業のはずなのに。

ちょっと顔を出していたりする研究会に「有名人」が来るらしい。田崎英明さんという岩波の「思考のフロンティア」でジェンダーについてかいている人。でもなんとなくおっくうで多分行かない。

職場で忘年会に誘われている。でも特に喋りたい人もいないし、知らない人もいるし、なんとなくめんどくさい。でも断るのもめんどくさくて、だらだら行くかも。

JUSTNET消滅の余波を受けて、早くso-netに切替えろと圧力がかかる。というか、万国のJUSTNETユーザはなぜ立ち上がらないのか。倒産したわけでもないのに、勝手に今まで使っていたメールアドレスとURLが消滅し、自分で勝手に登録しなおせとは。JUSTNETが少々高かろうがサービスが悪かろうが、替えて来なかったのは要するに「自分の」アドレスを維持したかったからだ。それをいきなり(でもないが)打ち切る、とは何という了見か。so-netなんぞに契約しなおしたくないのだが、それでもしばらく残るJUSTNET上のアドレス維持のため、so-netと契約せざるを得ない。もう腹が立って腹が立って、もうクレーマーと言われようが抗議の嵐のファックスやら電話やらメールやら送りまくろう、と思ったが、めんどくさくて何もやらない。ただここでごねる。

(2002年12月3日)

■ぼくの将来の夢

同窓会の案内が来る。狭い町ゆえ、小中学校合同の同窓会。ほとんどつき合いはないが、発案者グループ?の一人が中学時代からやっていたようなことをそのまま職にしているらしいのを知る。ちょこちょことイラストを何やら書いていたのだが、同窓会の案内に彼のイラストがいかにもプロ「らしく」載っていた。ついでに集合場所も幹事の一人が経営している居酒屋らしい。その御仁が小中学校時代に何をしていたのかは知らない。顔もほとんど思い出さないし。

まあ、皆それぞれにうまくやっているということだ。私もあのころにやっていたことを今生業にしているしな。私は小中学校時代何をしていたか。もちろん人のやることにケチをつけてばかりいました。

(2002年12月1日)

■一年の歳月

愛ちゃんの誕生日とかいうニュースを聞くと、といってももちろん高橋の愛ちゃんじゃなくて、天皇家の愛ちゃんだが、ああ、*あの時*からもう一年が経ったのか、とそれなりに感慨深い。まだ私の優先順位が社会学にあったころのこと。まだ私の中に妄想のネタがあったころのこと。まだかろうじて何かを求めていたころのこと。天皇一家のできごとなんぞに己の時間を重ね併せる義理はないけれど、アンチこそ真のファンだということか、なんだかとても感慨深い。

(2002年12月1日)

★更新するねと僕が言ったから一周年記念日

(-2002/11/30)



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